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東京地方裁判所八王子支部 昭和32年(ワ)318号 判決

川崎中小企業信用組合

事実

被告大成興行株式会社は昭和三十二年三月十一日、被告会社の旧商号である今岡興行株式会社の名で、専務取締役今岡七五郎名義を以て、約束手形四通額面合計金百万円を振り出し、原告川崎中小企業信用組合は現に右各手形の所持人である。原告の手形金請求に対して被告会社は、本件手形が振り出された当時今岡七五郎は被告会社の代表取締役ではなかつたから、被告会社には振出人としての責任はないと主張し、仮りに右主張が理由がないとしても、被告会社は昭和三十年八月十日商号を旧商号たる今岡興行株式会社から現商号たる大成興行株式会社に変更し、同年四月八日その旨の登記を経ているのであるから、昭和三十二年三月十一日右旧商号を用いて振り出された本件各手形につき振出人としての責任はないと争つた。

理由

証拠を綜合すると、本件各手形の振出に関しては次のとおり認定される。

被告会社は昭和二十九年六月三十日株式会社町田日活と称して設立され、昭和三十年三月三十一日商号を変更して今岡興行株式会社と称し(同年四月八日登記)、さらに同年八月十日現商号たる大成興行株式会社を称するに至つたが(同年八月十一日登記)、設立当初の代表取締役は今岡ミツ子、その他の取締役は今岡七五郎外数名であり、昭和三十年六月三十日右の代表取締役、その他の取締役らはすべて退任し、同年八月十日加藤春一が代表取締役に、今岡七五郎外数名がその他の取締役に就任し(右退任及び就任は同年八月十一日登記)、次いで代表取締役加藤春一は昭和三十二年七月十七日辞任し、翌十八日今岡七五郎が代表取締役に就任して(以上同年七月十九日登記)現在に至つた経過であつて、右の如くかつて今岡興行株式会社を称したこともある被告会社において、正式にその代表取締役になつたのは昭和三十二年七月十八日であるけれども、設立以来終始その取締役の地位にあつた今岡七五郎は、はじめからその実権を握つており、被告会社の取引銀行たる横浜銀行町田支店との当座契約もその締結の当初(昭和二十九年頃)から、本件各手形に押してある右今岡の印を届出印として来たのであり、その契約者名義も当初のものの正確なそれは明らかでないが、被告会社が今岡興行株式会社を称するに至つてからは、今岡興行株式会社専務取締役今岡七五郎であつたのであつて、当時被告会社から今岡七五郎に対し被告のため今岡興行株式会社専務取締役名義を以て約束手形を振り出す権限が与えられていたのであるが、その後被告会社が大成興行株式会社を称するに至つてからも今岡七五郎に対する被告会社の手形振出の右授権はそのままに続いており、横浜銀行町田支店における被告会社の当座契約名義、その届出印等すべて今岡興行株式会社時代と同様であり、また従来今岡が被告会社のための手形振出等に使つていた前記今岡の印鑑及び今岡興行株式会社専務取締役今岡七五郎なるゴム印も廃業したり、しまいこんだりすることなく、会社事務所の事務用机にあつたのであつて、これを要するに、今岡七五郎は今までどおり今岡興行株式会社専務取締役名義で被告会社のため約束手形を振り出す権限を授与されていたのである。そして今岡は右権限に基き、被告会社の雇人小堀に命じて、本件各手形を右印鑑、ゴム印等を使用して振り出させたのである。以上のとおり認められるのである。

よつて被告の抗弁について判断するのに、本件各手形振出当時訴外今岡七五郎が被告会社の代表取締役でなかつたことは原告の認めるところであるけれども、右今岡が被告会社から被告会社のため今岡興行株式会社専務取締役名義で約束手形を振り出し得べき権限を与えられていて、この権限に基き振り出したものであること前記認定のとおりであるから、この点に関する被告の抗弁は理由がない。

次に本件各手形振出当時、被告会社が旧商号たる今岡興行株式会社を変更して現商号大成興行株式会社を称しており、且つ、その旨の登記がなされていたことは当事者間に争いがないから、一応被告会社は第三者に対し右商号の変更を以て対抗し得べく、従つて、今岡興行株式会社という会社の不存在を主張して本件各手形の振出人としての責任を免れ得るかのようである。しかしながら、前記認定のように、被告会社自ら旧商号たる今岡興行株式会社名義で約束手形を振り出す権限を今岡七五郎に与えた本件においては、右授権に基き振り出された手形に関する限り、被告会社は第三者に対し商号変更の主張をあらかじめ放棄したものと認めるのが相当であるし、そうでないとすれば、自ら右のような授権をしておきながら後日に至つて自らの授権に基き振り出された手形に関し、その授権の内容に反した商号変更の主張を第三者に対してすることは信義則上許されないところといわなければならない。のみならず、手形行為者が自己を表示するのに正式の商号を以てせず通称を用いることは何ら差支なく、会社を手形行為者と表示するにあたつてその登記簿上の名称でなく通称を記載することは許されたことであるところ、被告会社が本件各手形振出当時今岡興行株式会社を通称していたことは本件口頭弁論の全趣旨から窺えるから、被告会社は、この点からも本件手形上の責任があるといわなければならない。よつてこの点に関する被告の抗弁も理由がない。

以上のとおりであるから、被告に対する原告の本件各手形金請求は正当であるとしてこれを認容した。

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